いつまでも困らせられると思いなさんな
サンタクロースはいてる!
この社会には世の中の子供が無垢さをタテに聞くことができる質問があると思う。
この種の質問に対しては、子供達だけが尋問官になることを許されているというものだ。
例を挙げると、
サンタクロースっているの?
とか
子供ってどうやってできるの?
そう、質問に対して正確に答えてはいけない種類のやつだ。
正確に答えようとすると社会のグロテスクさと向き合わざるを得なくなる。
家庭内や地域内の、つまり社会の子供の幸せとは、
それらをある程度の時まで正視させないようにすることで成り立つものなのだ、
と僕は思っている。僕らの親もきっと少なからずそうしていてくれたはずだ。
とはいえ、この課題に対する世間一般の大人の対応は
ずいぶん杜撰なものだと断言せざるを得ない。
この手の問答が話題に挙がることは、もうかなり昔からのことなのに
その対応をきちんと考えたことがある大人はいない。
だから多くの場合、大人があたふたして自信なく誤魔化したように回答して、
子供がふーんと納得しとけという雰囲気だから納得しましたというパターンになる。
要点はなになに?
つまり、ここで僕が何を言いたいかというと、
この手の質問は大人に対してあなたが信頼に足る人物かどうかを、
今まさに成長している子供が問いているのだと捉えるべきだ。
そして、正確な答えを述べることができないため、自信を持てないのであれば、
事前に想定した答えを作って用意しておくべきではないか
ということである。
僕にはまだ子供はいないが(嫁もいないけど)、
将来的に、子供の信頼は常にがっつりキープしておきたいと思うので、
今からこの課題に対してウィットに富んだ対応を考えておこうと思う。
ウィットに富んだ対応例
Q:「サンタクロースっているの?」
A:「いる。フィンランドのロバニエミという地域に村があってそこに住んでいる。
パパはそこに行ったことがあるし写真もある。連れて行って?
恐ろしく寒い場所だからお前が大人にならないと風邪をひいてしまう。
ほら早く寝なさい。」
Q:「子供ってどうやってできるの?」
A:「大人の入り口を見つけたときわかる。お前はきっと楽しくなるけど、
パパは寂しくなるな。ほら、早く寝なさい。」
Q:「青春っていつまで?」
A:「その質問を誰かにしようと思わなくなった時までだ。まだパパはできるぞ。
ほら、早く寝なさい。」
Q:「選挙に行かないってそれ民主主義の否定?」
A:「短絡的発想だ。アホすぎるわ。
選挙に行かないって民主主義の否定にはならないだろう。
選んでもメリットがない政治家しかいない中で
誰かを選ばざるをえない状況なのだから
誰でもいいというのが人情だろう。信認じゃなくて否認の選挙だったら
面白そうだから行くけどね。うふ。
・・・ほら、早く寝なさい。」
おわりに
書いていて楽しいですね。
僕は、なんというか「成り立ち」をそのまま受け入れるのって抵抗があって
ちゃんと自分の中で考えて整理していく過程で、アウトプットとして
こういうブログで表現できるって凄くクリアになって気持ちいいなと思います。
というのも現実でこういうことを話す友人はいるけど多くないし、
話すタイミングも難しいですし。